すべての人間が完璧にハーモニーを描く世界。 完璧な人間の完璧な運営による完璧な社会。
あらすじ
「大災禍」と呼ばれる世界規模の混沌から復興した世界。かつて起きた「大災禍」の反動で、世界は極端な健康志向と社会の調和を重んじた、超高度医療社会へと移行していた。そんな優しさと慈愛に満ちたまがい物の世界に、立ち向かう術を日々考えている少女がいた。
少女の名前は御冷ミァハ。世界への抵抗を示すため、彼女は、自らのカリスマ性に惹かれた二人の少女とともに、ある日自殺を果たす。
13年後、霧慧トァンは優しすぎる日本社会を嫌い、戦場の平和維持活動の最前線にいた。霧慧トァンは、かつての自殺事件で生き残った少女。
平和に慣れ過ぎた世界に対して、ある犯行グループが数千人規模の命を奪う事件を起こす。犯行グループからの世界に向けて出された「宣言」によって、世界は再び恐怖へと叩き落される。霧慧トァンは、その宣言から、死んだはずの御冷ミァハの息遣いを感じ取る。トァンは、かつてともに死のうとしたミァハの存在を確かめるため立ち上がる。引用元:劇場アニメ『ハーモニー』公式サイトより
明言されていませんが、「大災禍」というのは、前作の『虐殺器官』でクラヴィスが虐殺の文法を播いたことで起こった混沌のことのように感じます。なので私は『虐殺器官』の続編だと思って読んでいました。「大災禍」で人がたくさん亡くなった反動で極端な健康志向と社会の調和を重んじるようになった世界の話ですね。その中で主人公のトァン達は、そういった健康や調和のために思いやりを持つのと親切であるのを強要されることに息苦しさを感じ、行動していくことになります。
意志と意識
人間は、この報酬系によって動機づけられる多種多様な『欲求』のモジュールが、競って選択されようと調整を行うことで最終的に下す決断を、『意志』と呼んでいるわけだ。
「意志」というものは、多くの欲求のうちから一つのものを選択する行為のことに過ぎません。
しかし人間の価値判断は非合理的で、予測できない行動を起こしたりします。
人間と多くの動物はあるものの価値を評価するとき、将来に向かってその価値の減り方を双曲線で感じる傾向がある
人間は利益が目の前に迫れば迫るほど、大きな価値を持つと錯覚してしまいます。人間はそういった双極的な価値判断を有するがゆえに、非合理的な判断や予測できない行動を起こしてしまうのです。
我々は調和のとれた意志を人間の脳に設定することを目的とし、その技術とシステムを『 ハーモニー・プログラム』と呼んだ。
ならば報酬系を調和し、意志を制御すればいい。そうすればあらゆる行動が自明で、人は合理的な行動しか取らなくなります。
けれどもそれには重大な副作用がありました。
意識の消滅です。
あらゆる行動が自明なら、多くの欲求のうちから一つのものを選択する行為、すなわち「意志」は不要になり、その意志を管理する意識もまた不要になってしまいます。
しかしそれでも、ミァハは「本物のハーモニー」を望みます。
というより、意識であることをやめたほうがいい。自然が生み出した継ぎ接ぎの機能に過ぎない意識であることを、この身体の隅々まで徹底して駆逐して、骨の髄まで社会的な存在に変化したほうがいい。わたしがわたしであることを捨てたほうがいい。『わたし』とか意識とか、環境がその場しのぎで人類に与えた機能は削除したほうがいい。そうすれば、ハーモニーを目指したこの社会に、本物のハーモニーが訪れる
意識というものは進化の過程で生じたものに過ぎません。この世界に人々が馴染めず死んでいくのなら、意識を削除して社会的な存在に変化したほうがいい。という主張です。なるほど、たしかにこれもある意味進化と言えるのかもしれません。
いま人類は、とても幸福だ。
雑感
みんなは、生府のみんなは決めつけてくれる人間が好きなんだよ。何かを決めてくれる、決断してくれる人間のまわりには「空気」が生まれる。科学者はそれが苦手なんだ。だって、正しいことっていうのはいつだって凡庸で、曖昧で、繰り返し検証に耐えうる、つまらないことなんだから。
意志だとか何だとか書いてきましたが、結局人は自分が決めて責任を持つということが嫌なだけなんじゃないでしょうか。迷いが消え、最適化された人生はさぞ楽でしょうからね。私も余計なことばかり考えて部屋から動けない状態ですので、『ハーモニー』ラストの新世界のように迷いも選択も決断も存在しない状態になりたいです。
トァンがミァハを撃った後、まだ意識の消滅のボタンを押されていないのにトァンの意識が消滅していったのは、前作の『虐殺器官』とも繋がってきますが、自分の意志でミァハを撃った責任に耐えきれなかったからだったんじゃないかと私は思います。
どうでもいいですが、アニメやコミックなどのキャラデザ、私が文章で想像していたものと全然違いました。トァンは『BLACK LAGOON』のレヴィみたいなのを想像してたし、ミァハは『車輪の国、悠久の少年少女』のアリィ・ルルアント・法月みたいなのを想像してたし、キアンは『化物語』の千石撫子みたいなのを想像してました。なんで髪の色カラフルな美少女ばっかなんや・・・。20代後半のキャラ達ですしもっと泥臭い感じを想像して読んでました。
あと、『ハーモニー』は百合SFと紹介されたりしますが、私は言うほど百合とは思いませんでした。ミァハとトァンの関係に百合を見いだせなくもないですが、個人的にはあんまりかなあ・・・。
次回は『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』を読みたいと思います。
現在Kindleでハヤカワ文庫のセール中でして、色々なSF作品が半額くらいで買えます。私も色々買ってしまい、また積み本が増えてしまいました。